熱に浮かされたヨナは、治療者たちの会話をおぼろに聞いていた。
「ここでは間に合わない」
「早くしなければ、足の毒が凶暴化し全身を襲い始める」
「しかし、切除による損壊は好まれていない」
やがて会話していた1人がヨナに声をかけた。
動けず目も見えない彼の耳元へ語りかける。
「お前の足は我々では治療できない。ある程度の進行は防げるが、それもただの時間稼ぎだ。お前は選択しなければならない。了承するなら指を1回、無理なら2回動かせ」
そう言って彼女はヨナの手に自らの手を重ねる。
かすかに動く指先。1回。それを確認すると彼女は続けた。
「引取り国のない傭兵のお前には、所属する傭兵団があるはずだ。そこで足の切除をするか判断するしかない。傭兵は傭兵団のもの、足の損壊はさすがに我らでは決断できない」
指先が動く。1回。ヨナは言葉を紡ごうと唇を動かすが、それはわずかに震えるだけだ。そして指を動かす、2回。
「分かっている。傭兵団との取引は秘密の場所で行われる。それを知られることは死に値する。よって我らもお前に命を預けよう」
指を動かす。かろうじて2回。その指の緩慢な動きを感じて、彼女は笑った。
「誰かの命が欲しいと思ったら、自分も命を懸けなければならない。それを奪うときでも救うときでも」
ヨナの周囲が慌ただしく動く。衣擦れの音と不快な匂いが、渦巻く風に混じる。
「今は先ほどの投薬で体が戦っているため口も利けぬが、しばらくすれば多少はましになる。だが待てない」
誰かがヨナの脇に肩を差し込み、抱え上げる。そして何か青臭い匂いの中に運ばれる。
「このまま港へ向かう。治療と運搬の2名のみ。そこから先はお前次第だ」
「ここでは間に合わない」
「早くしなければ、足の毒が凶暴化し全身を襲い始める」
「しかし、切除による損壊は好まれていない」
やがて会話していた1人がヨナに声をかけた。
動けず目も見えない彼の耳元へ語りかける。
「お前の足は我々では治療できない。ある程度の進行は防げるが、それもただの時間稼ぎだ。お前は選択しなければならない。了承するなら指を1回、無理なら2回動かせ」
そう言って彼女はヨナの手に自らの手を重ねる。
かすかに動く指先。1回。それを確認すると彼女は続けた。
「引取り国のない傭兵のお前には、所属する傭兵団があるはずだ。そこで足の切除をするか判断するしかない。傭兵は傭兵団のもの、足の損壊はさすがに我らでは決断できない」
指先が動く。1回。ヨナは言葉を紡ごうと唇を動かすが、それはわずかに震えるだけだ。そして指を動かす、2回。
「分かっている。傭兵団との取引は秘密の場所で行われる。それを知られることは死に値する。よって我らもお前に命を預けよう」
指を動かす。かろうじて2回。その指の緩慢な動きを感じて、彼女は笑った。
「誰かの命が欲しいと思ったら、自分も命を懸けなければならない。それを奪うときでも救うときでも」
ヨナの周囲が慌ただしく動く。衣擦れの音と不快な匂いが、渦巻く風に混じる。
「今は先ほどの投薬で体が戦っているため口も利けぬが、しばらくすれば多少はましになる。だが待てない」
誰かがヨナの脇に肩を差し込み、抱え上げる。そして何か青臭い匂いの中に運ばれる。
「このまま港へ向かう。治療と運搬の2名のみ。そこから先はお前次第だ」
「例えば川があるじゃない」「川」
「だーっと流れる川ね、大雨の後の。その川の途中に石が置いてあるわけ。大量の水が流れる中、その石に当たって飛び散る水があるよね」
「まあ想像はできる」
「その飛び散る水のうち何個かの水滴が、そうだねこれくらいの高さで浮いてるコップに入るとしよう」
水平にした手で胸のあたりを叩く。「あ、石の高さはこんくらいね」そう言いながらしゃがんで膝下の高さをなでる。
「絶対その描写は必要ないと思うけど、それで」
「要するにその水滴が、君の言うところの見るっていう行為なわけよ」「はあ?」
「あー違うな。そのコップが見るという行為になるな、これだと」
「で、コップもってうろうろするのが意識ってか」
ソファに寝転がったピースが割り込んできた。
「そっか、違うね。コップまではまだ視神経だ。そのコップに集められたわずかな水滴を、指先だけでなめるのが見るってことだ」
「ものすごく分かりにくいけど、言いたいことは分からないでもない」
「で、そんな水滴ぽっちをなめて君はこう言ったわけよ」
見えないコップを持った手を、リャンの顔へ近づけてミドリは言った。
「俺はこの川をすべて飲み干した」
「だーっと流れる川ね、大雨の後の。その川の途中に石が置いてあるわけ。大量の水が流れる中、その石に当たって飛び散る水があるよね」
「まあ想像はできる」
「その飛び散る水のうち何個かの水滴が、そうだねこれくらいの高さで浮いてるコップに入るとしよう」
水平にした手で胸のあたりを叩く。「あ、石の高さはこんくらいね」そう言いながらしゃがんで膝下の高さをなでる。
「絶対その描写は必要ないと思うけど、それで」
「要するにその水滴が、君の言うところの見るっていう行為なわけよ」「はあ?」
「あー違うな。そのコップが見るという行為になるな、これだと」
「で、コップもってうろうろするのが意識ってか」
ソファに寝転がったピースが割り込んできた。
「そっか、違うね。コップまではまだ視神経だ。そのコップに集められたわずかな水滴を、指先だけでなめるのが見るってことだ」
「ものすごく分かりにくいけど、言いたいことは分からないでもない」
「で、そんな水滴ぽっちをなめて君はこう言ったわけよ」
見えないコップを持った手を、リャンの顔へ近づけてミドリは言った。
「俺はこの川をすべて飲み干した」